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蛇⾕ヶ峰を借景とする庭園
築⼭から望む園池

写真提供:曹洞宗 ⾼巌⼭興聖寺
名勝旧秀隣寺庭園

所在地:滋賀県⾼島市朽⽊岩瀬
指定年月日:昭和10年12⽉24⽇ 名勝指定
所有者:曹洞宗 ⾼巌⼭興聖寺
公開:常時公開


【庭園の概要】
 旧秀隣寺庭園は、朽⽊岩瀬の興聖寺境内に所在します。興聖寺は、嘉禎3年(1237)に開祖道元禅師の勧めにより近江守護佐々⽊信綱が上柏指⽉⾕に建⽴したのを始まりとします。その後、寺地の移転を経て、現在は岩瀬の地で庭園とともに継承されています。⼀⽅、秀隣寺は、近世に岩神館跡(現在の興聖寺境内)に建⽴されますが、興聖寺と幾度か寺地を移し、現在は朽⽊野尻に営まれています。
 室町幕府12代将軍・⾜利義晴は、京都の争乱を避けるため、享禄元年(1528)から同4年(1531)まで朽⽊に滞在しました。この時、領主であった朽⽊稙綱が将軍のために岩神館を築き、庭園を造営しました。この庭園が現在の旧秀隣寺庭園と伝わっています。
 庭園は安曇川を俯瞰する河岸段丘にあり、東南⽅向には蛇⾕ヶ峰(⼩椋栖⼭)を望む景勝に恵まれた地に位置します。これらの眺望景観を借景とし、園池や護岸⽯組などに戦国期の居館庭園と共通した特徴がみられる庭園で、昭和10年(1935)には、室町時代の代表的な庭園として名勝指定を受けています。


【整備事業の概要】
 旧秀隣寺庭園は、名勝指定後も興聖寺の境内環境とともに保護されてきましたが、経年による⽯組等の傷みや、近年の⾃然災害による影響で⽔系が変化するなど課題が顕著にみられるようになりました。しかしながら、保存及び活⽤の⽅法等について⻑期的な展望が⽰されていなかったことから、平成29年に保存活⽤計画策定委員会を設置し、平成31年3⽉に保存活⽤計画を策定しました。令和2年3⽉に整備基本計画を策定した後、保存修理事業を開始し、令和5年度に完成しました。


【業務実績】
  《調査・測量》
    平成29年度 庭園周辺測量図化
    平成29〜30年度 保存活⽤計画策定業務
    令和元年度 整備基本計画策定業務
  《設計・監理》
    令和2〜5年度 保存修理事業/実施設計及び設計監理業務



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